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いしばし たんざん

石橋 湛山[1884-1973]

石橋 湛山

大蔵大臣(第50代)・内閣総理大臣(第55代)他を歴任。

 戦前はリベラルな立場から、大正デモクラシーをリードするジャーナリストとして活躍。戦後は、吉田内閣の蔵相、鳩山内閣の通産相を歴任。1956年に内閣総理大臣。  石橋湛山と小林一三との間には、公私にわたる様々な往来があった […]...

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たけなか とうえもん

竹中 藤右衛門(14代)[1877-1965]

竹中 藤右衛門(14代)

竹中工務店創立者。

 元来、尾張名古屋で社寺の造営に携わっていた竹中家の14代藤右衛門、竹中練一。1897年、小林一三が三井銀行の名古屋支店に転勤した縁から、二人は出会う。その後、藤右衛門は神戸に進出し、1909年に合名会社竹中工務店を設立 […]...

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むらかみ みのる

村上 實[1906-1999]

村上 實

元阪急球団代表。

 村上實は、慶應義塾大学野球部マネージャーを経て、阪神急行電鉄に入社。1935年、職業野球団を創れとの小林一三からの指示を受け、大学野球での経歴を活かし、阪急軍の創設に尽力する。1936年、名称「大阪阪急野球協会」、球団 […]...

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あしはら くにこ

葦原 邦子[1912-1997]

葦原 邦子

女優、宝塚スター。

 1928年、宝塚音楽学校に入学し、翌年から宝塚歌劇団18期生として舞台に上がる。1933年、宝塚大劇場で初演された『花詩集』では主演を果たす。男役スタイルの完成に貢献し、葦原邦子は「男装の麗人」としてトップの座を長く保 […]...

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よしもと せい

吉本 せい[1889-1950]

吉本 せい

吉本興業創業者。

 吉本吉兵衛(泰三)と結婚し、「吉本興行部」を設立するが、1924年、夫が亡くなってからは実弟の林正之助を片腕に事業を拡大。1932年、「吉本興業合名会社」に改組し、東京支社も起ち上げる。以降、大阪吉本を林正之助が、東京 […]...

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はら せつこ

原 節子[1920-2015]

原 節子

女優。

 1940年4月、小林一三一行がヨーロッパへと向かう船上で、慰安のための映画鑑賞会が開かれたという(「訪伊使節日記」『小林一三日記』第1巻)。映し出されたのは1938年の東宝映画『田園交響楽』(山本薩夫監督)であった。ア […]...

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ゆきむら いづみ

雪村 いづみ[1937-]

雪村 いづみ

歌手、女優。

 1952年、日劇ミュージックホールの演出家、丸尾長顕に認められ、レビュー『サンマー・スキャンダル』で舞台に上がる。芸名「雪村いづみ」は、当時東宝の社長であった小林一三に由来すると説かれる事があるが、後に丸尾は雪村との対 […]...

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こいそ りょうへい

小磯 良平[1903-1988]

小磯 良平

洋画家。

 1922年、東京美術学校西洋画科に入学し、藤島武二の教えを受けた小磯良平は、早くも在学中に帝展で特選を得るなどして才能を開花させた。1927年、同校を首席で卒業。翌年、渡仏。ヨーロッパで西洋絵画の薫陶を受け、卓抜したデ […]...

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たにざき じゅんいちろう

谷崎 潤一郎[1886-1965]

谷崎 潤一郎

小説家。

 写真の茶杓には、谷崎潤一郎が銘「細雪」を書き付けた共筒と、蓋裏に「しめやかにまとゐしをれハさやさやと/障子にきゆるうす雪の音」の歌一首や「潤一郎(印)」の落款印章を記した共箱とが添う。また、第一ホテル(現、第一ホテル東 […]...

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ねづ かいちろう

根津 嘉一郎(初代)[1860-1940]

根津 嘉一郎(初代)

東武鉄道や南海鉄道(現、南海電気鉄道)などに関わった「鉄道王」。

 甲斐国山梨郡正徳寺村(現、山梨県山梨市)に生まれた根津嘉一郎は、小林一三にとっては郷里山梨の先輩ともいえる。様々な会社経営の傍ら、1905年には東武鉄道の取締役となって経営に取り組み、また多くの鉄道敷設や再建事業に関わ […]...

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