1957年 小林一三の最期

東宝・宝塚歌劇
1957年 東京宝塚劇場での追悼式。

 1956年には、東宝映画「社長」シリーズ第1作『へそくり社長』が公開される。また『宮本武蔵』は米アカデミー賞名誉賞(現、外国語映画賞)を受賞するなど、ソフトとなる作品作りも円熟の期を迎えていた。
 その年12月29日の夜、小林一三は東宝の年忘れパーティーに出席した。会場の盛況ぶりに感激一入であったようで、日記に
「池部[良]・森繁[久彌]両君の求めにより、一場の私の夢を語る。十一時半帰宅、疲れたり疲れたり。」
と書いている。
 明けて1957年、一三は恒例になっている1月3日の初釜茶会を開き、万来の客と共に84歳の誕生日を祝う。7度目の年男(酉年生まれ)を喜び「七返る酉の高鳴く御慶かな」と俳句に詠んだ。同月10日には梅田のコマ・スタジアムに出社し、また20日にも茶会を開いたりと、仕事に趣味になお精力的だった。しかしその後、体調を崩し、25日の夜、池田の自邸で永眠する。心臓性喘息だった。
 1月31日、宝塚大劇場において宝塚音楽学校葬が行われた。宝塚歌劇団生徒や関係者による音楽葬だった。そして3月8日、東京宝塚劇場で追悼式が行われた。